秋に、前線が近づいているとか、近海にあるなどと聞く頃、キンモクセイの香りが漂ってくる。花が咲くまでは気にも留めないくせに、この時ばかりは有り難がって、目や鼻で所在を確かめたりもする。
秋が来たとだけ知らせると、雨が花を落として香りは失せる。するとまた、それぞれの木がどこにあったかはすっかり忘れ、見向きもしなくなってしまう。
今年は香ってきた翌日から雨になってしまったから、このまま木を眺めることもないまま、秋本番を迎えてしまうかもしれない。
恨めしげに空を見上げる。恥ずかしそうにうっすらと雲のベールに包まれた月が、時々ちらりと顔を覗かせては、やけに明るい光を放つ。
やがて青になった歩行者用信号を確認すると、雨の叩きつける濡れた地面の、黒々としたした中に時々光の跳ねるのを見下ろしながら歩みを速めた。
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