2003年11月10日 フィクションから始まるノンフィクション

『おはよう、Steveくん。
今日の君の使命だが、K市T競技場で行われる高校選手権K県準決勝に赴き、
コードネーム・MJ選手のプレイをつぶさに観察・報告することだ。

非常にデリケートな任務のため、同僚に君だと悟られてはならない。
観衆にうまく紛れ、無事完遂できるよう祈る。

なお、死して屍拾うものなし』



『了解。
只今別件任務無事終了。このまま現地へ向かう。』




まずはS谷から13:20の急行に飛び乗る。
一つ選択肢が消えた。この列車は新M子には停車しないから、M蔵K杉から
バスで行く方が早い。おそらく14:00前には到着できるだろう。

うす曇の空の下、久しぶりに渡る多摩川を見下ろして、諜報員の基本である
デジカメを忘れたことに気付く。まずいぞ。充電しようとしていたのは確かだが、
その後どうしたかすらも忘れていた。



目的の駅に到着。
ここで帽子の上からフードをかぶり、丹念に髪をフードの中にしまう。

ふっ・・・これで誰も気付くまい。かえって目立ったりするのでなければ。

ホームの上を早足で進んでいると、フードつきのフリースにキャップという
いでたちの男たちが小走りに追い越していく。人の事を言える状態では
ないが、一体何者だ。

小走りについていくと、連絡通路を過ぎて階段を駆け下り、なんと競技場を
通る同じバスに乗り込んだではないか。



バス停を降りても小走り軍団総勢4名は同じように緑地公園を横切り、
児童遊園を横目に競技場へと駆け込む。どうやら同じ試合が目当てらしい。

準決勝ともなれば、情報収集からスカウトまで、あらゆる連中がやってくると
いうことか。その前に、その中にすっかり溶け込んでいるのだが、これは
成功と行って良いものなのか。

ゲートの向こうにまさに入場しようとする選手が見える。
フードキャップ軍団は次々にチケットを買って階段を駆け上がる。

フード男のあるものは階段からメインスタンドに出た辺りで壁に寄りかかる。
別のものは客席に上がらず、通路のモニターを凝視する。
また別のものは、学生服の高校生やジャージ姿のOB連中とともに、普通に
席に着いた。



やや人気のなくなる辺りに腰を下ろすと、コイントスは済んでいて、練習の
ためのボールが次々と外に蹴り出される所だった。

めざすMJのチームKは既にポジションについている。
ここからでも、フラットな4−4−2であることが見て取れる。

対するチームNは、なかなかポジションにつかず、ベンチ前へ行って円陣を
組んで大きな声を出す。まあ、駆け引きというわけではなかろう。

ようやく全員が位置について笛が吹かれた。



Nチームのキックオフ。一度ボールを下げると、ポーンと一気に左前方の
スペースへ蹴り出す。あちらもフラットな4−4−2だが、左のハーフにかなりの
スピードがあるのだろうか。

しかし、ボールは思ったところには飛ばず、少し方向を変えるうちKチームの
キーパーまで伸びて行った。

高校生とは言え、組織は徹底されている。ゴールキックの際には、両軍の
全フィールドプレイヤーがセンターサークル程度の前後幅にひしめき合い、
お互いギリギリまで押し上げている。

まあ、今時はこんなのが当たり前なのだろう。Jリーグ発足前は実業団でも
こんなことはあまりなかったのにと、時の流れをしみじみ感じる。



とゆっくり感慨に浸る間もなく、Kチームの左のハーフがぐいぐいと中に向かう。
体を左右に振り、体重をあまり大きく移動させないステップで相手を翻弄し
シュートまで行くが入らない。

しかし、この選手のリズムというかボールの持ち方というか、独特で南米の
匂いがする。面白い選手に期待が高まる。



その後、どちらも何度となく攻め合うが、目立つのはNチームの速いプレス。
あっという間に3人で囲み、うち2人が足を出してくる。ちょっとえげつなくて
高校サッカーとしては好きになれないが、まあこれも今なのかもしれない。

かたやKチームは、MJ君が当たりに行った後、のんびりとフォローが来る。
相対的には遅くなってしまう。

また、出足というか、攻守が切り替わる時の加速にも少々差が出てくる。
Nチームは、ボールのないところでも長い距離を走るものが一人はおり、ここへ
長いボールが出ると簡単にえぐられてしまう。

幸いKチームのセンターバックは、球扱いに優れてゆったり構えるタイプと、
人について行って走り回るタイプが揃っており、うまく組み合わさってなんとか
しのいでいる。

しかし、このいくつかの小さな違いからか、はたまたどこかが偶然にほころんで
しまったのか、あっさりとNが先制する。

そのあとのKチームには、別の小さなほころびが生じる。
2トップが同じスペースに走りこみ、片方が持ったボールをもう片方が奪う
形になってしまった。奪われた方は走りすぎて行き、プレイの範疇から
消えてしまう。中にも人数はおらず、やさしいクロスは敵に渡ってしまった。



ここで監督の指示でもあったのか、中央に偏っていた攻撃から、左右の
スペースを突くやり方に徐々に変わってくる。これまで押し込まれて目立つ
ことがなかったが、両サイドバックにはスピードがあり、いざ攻めてみれば
大きな効果があった。

特に左サイドの変化は顕著で、それまで中に切り込みたがっていたハーフが
開くと、やや絞ったレフトバックが、ディフェンスを背にした中盤へパス。
リフティングテクニックを見せて前を向いた中盤からレフトハーフへパス。

ディフェンスをひきつけたところで、ややうすくなった中盤へボールが
戻るやいなや、ダイレクトのパスが後方から走りこむ味方へ。

絵に書いたような展開は見事だったが、シュートはバーの上だった。



後半、陣地が入れ替わったところで風が出てくる。小雨も降り始め、ぐっと
体感温度が下がる。

そのせいだろうか。Nチームのプレスにややかげりが出てくる。

その隙を突いてKチームのサイドバックが駆け上がるなどのシーンもあるが、
どうしてもシュートが枠に行ってくれない。そうあせったようにも見えないし、
そんな時間ではないから、まだどうにでもなるとは思っていたけれど。

甘かった。
見事なコーナーキックは、ファーサイドに飛んだキーパーの指先をかすめて、
詰めていたNチームライトバックの選手にぴったり合ってしまう。

景気良く歌っていたバックスタンドの応援団が静まり返る。

しかし、サッカーにおいての0−2は大きなチャンスになる。
次に1点入れさえすれば、追いつくのは容易と言っても過言ではない。

そして、もうひとつサッカーには魔物が住んでいる。
中断によって、それまでの流れがぷっつりと切れてしまうことは多い。
まして、0−0や0−1の緊張感がないため、勝っているほうが崩れることは
よくある。

などとほくそえんでいたら、NチームGKが接触による打撲で治療することに
なって、試合は中断された。

両監督はここぞと指示を送る。

足に包帯やテーピングをした選手の数は、圧倒的にNチームが多い。
こうしてプレイが止まってみるとはっきりする。

学校サッカーの場合、選手層が厚すぎるチームではレギュラーになるまでに
こうして身をすり減らしてしまう例も少なくないが、あの見事なプレスをここまで
全ての試合でかけ続けて来たのなら、いくら若くても累積する疲労からは
逃れられるものでもないだろう。



試合再開。Kチームの猛攻が続く。接触で、あるいは視界の外で、Nチームが
次々と倒れる。足をつるものがいてもおかしくない気候の急激な変化、
中途半端に濡れたピッチ、全てが両チームの選手に悪い方に行く。

だが、それまでテクニックを披露していた連中がやりにくそうにするなか、やや
ハズレの感があった2トップの小さい方が、思い切ってスピードオンリーの
勝負を仕掛ける。

再三右サイドを破るが、90度の方向転換がうまく行かないため、どうしても
一度失速したり止まったりする。少なくとも1人の守備者には追いつかれて、
自由にはさせてもらえない。

ところが、この攻撃が相手に刷り込まれたか、思ったより前で切れ込んでみると
Nチームの守備がほころぶ。マークに付ききった状態から1人ずつ対象を
ずらすなど短時間にはできず、さらに思い切りの良いシュートが決まって、
ついに魔の0−2が1−2を呼び込んだらしい。



気になるMJ選手はというと、濡れたピッチのせいか、さらに切り替え時に
苦慮していた。本来ジョー・コールタイプが急にジャンニケッダになれと言われ
やむなくそのポジションについているようなところもあり、また前述のように
負担も大きかったから無理もない。

さらに当初の足元勝負ではなく、チームとしてスピードでスペースを突くという
作戦の変更もあって、ついには散らし屋を保護する潰し屋的な要求に
応えなければならなくなっていたように見えた。

そういえば、試合が始まる前に左足の付け根を気にするようなしぐさもあった。
決して万全ではないのだろう。



蛇足ながら、緩めづらい箇所は「必殺:うつ伏せ赤ちゃん寝り」を行うのが良い。

直線の場所を自然にストレッチし、丸で囲んだ通常緩みにくい場所が
リラックスする。左右を入れ替え、3分ずつでかなりの効果が見込める。



さて、ここが勝負どころという後半37分、味方のセットプレイの場面で彼は
静かにピッチを去る。ロッカールームへと下がる表情をノンビリ見ていたので、
直後の同点ゴールをリプレイヴィジョンともども見逃してしまった。

替わって入ってきた選手は、自分で持って攻め上がるタイプで、チームは
攻撃のバリエーションを増やしたようにも見えたが、その実、もはやフォローも
何もない、まさに総攻撃の体になってしまった。

2−2となった今、度々途切れるゲームは少しずつ修正され、Nチームも
幾人もの交代を経て、プレスが蘇りつつある。

終始どちらも攻め続け、あっという間に80分のゲームは終わってしまった。



両軍の出場メンバーがベンチの前にやってきて仰向けになり、控えたちが
駆け寄って両の足を持ち上げて、ゆすったりさすったりしていた。

やがて審判が「下がって」と大声を出して選手以外を自ら追い出し、飲み物を
もたもた片付ける控え選手たちに睨みをきかせる。

延長。ゴールデンゴールなので、入ったら終わり。
しかし流れがどちらに傾くこともなく、めまぐるしく攻守が入れ替わる。
ひとつでもほころんだ箇所があれば突かれ、また攻撃のなかに少しでも
ほころびがあれば跳ね返され、見ている側まで消耗してくる。

結局、延長でも決着はつかなかった。
この20分は、その前の80分に匹敵するほど長く感じられた。



PK戦になるということは、どちらのゴールでやるのか決める時間が空く。
この隙に素早く用を足して戻ってくると、どうやら場所は決まり、いよいよ
始まる所だった。

席に戻る時間ももどかしく、階段をを上がってスタンドに出た辺りに立ったまま
陣取る。ふと周りを見渡すと、フードキャップ軍団が再び集結している。いったい
どういうことかといぶかしんでいるが、周囲から見ればその一員に数えられて
いることは間違いない。



PK戦の最初の2人のキッカーはいずれも凄まじいほどにきわどいコースを
狙った。キーパーもまたそれを読んで飛ぶが、いずれも届かない。

先攻のKチーム2人目が決めた後、Nチームのキッカーは高さも左右のコースも
中途半端になってしまう。勢い良くキーパーがはじいたボールはセンターライン
近くまで飛んで行った。

応援席を除く観衆は一様に興奮して声を上げる。

流れが変わった以上、次のキッカーが取るべき道はどれか。
コースよりパワー、力いっぱいど真ん中に蹴りこむのか。
はずすリスクを覚悟で、高い位置を狙うのか。
裏の裏をかいて、これまでと似たキツイコースを突いてみるか。

果たして、Kチーム3人目はネットの天井に叩き込んだ。
蹴った瞬間こそ、外れるのではと息を呑んだ観衆がどよめく。
度量というか、駆け引きのうまさというか、とにかく1歩リードした。

これで、Nチーム4人目には多大なプレッシャーがかかった。
ついに止められてしまった以上、変な所に蹴るわけには行かない。

彼は、右方向にインサイドで蹴る格好をする。
そちらにキーパーが飛ぶのを感知して、素早く逆へ蹴るよう切り替える。

が。

疲労困憊の軸足が膝から崩れ、上方を叩かれたボールは虚しく左へと
外れて行ってしまった。

応援しているのは逆のチームであっても、最後まで闘おうとしたキッカーには
惜しみない拍手を送りたい。

Kチーム
Nチーム × ×

これでルール上、もうひとつ決めればKチームの勝ちとなる。万が一失敗でも
その次が決めれば良いから気は楽だろう。



などと思っていたところ、回りに怪しい連中が増えてきた。例の、赤鉛筆が
似合いそうな男を始め、正体不明の中高年男性が階段付近に大勢いる。



決まった。4人続けて成功で、Kチームが勝った。大観衆とはいえないものの、
帰りが大混雑するのは目に見えているから、さっさと階段を下りる。

すると、フードキャップ軍以下、怪しげな連中が一斉に階段を駆け下り始めた。
巻き込まれて押されるように会場を出る。

出たところで何人かは駐車場へ向かうのか、別方向へ走り去った。
さらに通りに出たところでまた何人かは通り沿いに走っていき、あるものは
タクシーを止めて乗り込んだ。

メモも何も持っていないから記者ではあるまい。やはり情報収集を目的とした
何者かなのだとしか思えない。決勝の相手は1校しかないのだから、敵は
全国の有名校か、はたまた・・・。



都合よくやってきたバスから降りてM蔵K杉駅の構内にはいると、不思議にも
「連中」の姿はどこにもなくなってしまった。

フードをはずして特急へ乗り込む。
特急と言っても別料金ではなく、単に止まる駅が「より少ない」というだけだが。



『以上、報告終了。
コードネームMJは、チーム内での立場を強めた後に大成する予感。
以後も着目すべきであると判断する。12日にTV放送される模様。
そちらでも確認されたし。

なお、決勝は16日』



『ご苦労、Steveくん。
君のご同輩が多数いたようだね。顔が割れた以上、以後は別件を頼む。
12日、15日は国内、18日は欧州向けの大きな仕事の期日となる。
帰って早々悪いが、早速取り掛かってくれたまえ』



『了解。
直ちに任務にかかる、Over』



また内勤か。まあ悪くない、とても寒い思いをした後だから。



しかし。
おかげで助かったところもあるが、あの小走り軍団は何者だったのか・・・。


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